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君の名は。

 とても売れて、感想・批評も世の中にあふれているので今更なにを言うこともないのだけど、すごく感動したので少し残しておきたいと思って。

 ネタバレします。

 なにに感動したかというと、「忘れることを肯定した」こと、これに尽きる。瀧くんがご神体の山の稜線で三葉に出会い、日が沈むと同時に別れ、そして彼女の名前を叫ぶ。「三葉、三葉、三葉、三葉、」その名前を忘れまいとてのひらに書き付けようとしたとき、彼は三葉の名前を思い出せない。そこで瀧くんは叫ぶ。

「あいつに・・・・・・あいつに逢うために来た!助けるために来た!生きていて欲しかった!」
「大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人!」

 忘れたくなくても、忘れてしまう。リアリティを求めるならこんなに急に忘れるのは少し不自然だが、忘れるというのはこういうことだ。ある日突然忘れる。なにか社会にとって大きな、特に悲しいことが起こると、記憶をつなぐとか、悲劇を忘れない、といった言説を目にするようになる。それでも記憶は薄れていくからこそ、そういうことが叫ばれる。それでも人は忘れる。忘れることが重大な罪かのように言われることすらある。

 『君の名は。』の物語の仕掛けはまったく理屈ではないので、瀧と三葉の忘却が「忘れてもつながっている」という赦しが与えられるラストがどのような根拠を持つのかは説明が難しいけれど、忘れることを優しく肯定するということに、強く感動した。