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劇団時計 観客席

感想 演劇
寺山修司 作
3/17 18:00〜 @首都大学東京

見ててとても気持ちよかった。なにが気持ちよかったって、とてもリラックスしてみられたこと。寺山修司もおんなじこと考えてたと思うけど、芝居ってなにがいけないって、黙って見てなきゃいけないとこです。始まりから終わりまで黙って見させられる上、ケータイだめだとか、物食っちゃだめだとか、トイレにすら好きに行けないような。そんなの我々にとってはありえないんですよ!普通にありえないんです。芝居やってる人間にはそういうもんなんだからイヤだったら見なきゃいいって思ってる人が多すぎるんです。自分の作ったものを見てもらう観客に、屋内なのに妙に寒いとか熱いとか、かたいパイプ椅子に1時間半とか2時間とか、黙って座らせて、なんにもせずに俺の作品だけ見てろっていうのは、現代においては、見るな!っていってるのに等しいんです。だって、そんな風に物事を強制される娯楽って他にないです。娯楽っていうか、仕事してたってコンビニとトイレぐらい好きなときに行けます。
外でもポップコーン食べながら映画見るし、家ではケータイ片手に食事をしながらテレビを見るし、自分の部屋では酒飲みながらエロ動画同時に3つぐらい同時に再生して交互に見ながらオナニーしながら「ビールうまいなう」とかやってるでしょ。そんな人達に、なんにもしないで作品を見てくださいなんていっても集中して見られるわけがない、そんなことを強制するストレスが、自分の作品への評価にどれだけ悪影響を与えているか考えたことがあるのか。アンケートの感想の大半をしめる苦し紛れのお世辞が実は「寒かった」「おしりが痛くなった」「トイレに行きたくって芝居どころじゃなかった」であることを作り手は十分に考えるべきである、自分のために。要するに、気持ちよく見てもらうに越したことはないのです。

幕開けが曖昧だったので、なんとなくtwitterで実況しながら見てました。
途中で役者がご飯をくれました。ちょうどおなかが減っていたので冷たかったけど(あとちょっと衛生的に大丈夫なのかという不安がつきまとった、けど)、おいしかった。
ずっとざわざわしてて、お客さんの受けもよかったから隣の友達と時折話しながら見てました。

それは今回の演出家や役者や、あるいは寺山修司が涙ぐましい努力をして作り出した空間演出の成果なのです。
何で演劇はこんな当たり前のことをこんなにがんばらないといけないのだ!?
それは演劇が観客を代表するもので、その関係こそが演劇を演劇たらしめているからなのですが、、、

そんなお芝居でした、か?

久しぶりに若者達と話して、楽しかった。これからも元気にお芝居を作って欲しい。
役者の一人が同級生に激似ですごい面白かった。