ガチムチパンツレスリングに捧ぐ


 300万再生です。ニコ動を愛してしまって以来、何度見たかしれぬこの動画、300万のうちの何回を自分が再生したのか気になります。200万再生の時は、兄貴来日祭りの前だったか後だったか、そのあたりの盛り上がりの中で、残り1万再生ぐらいを一晩で駆け上がったんじゃないかとあいまいに記憶していますが、今回は生ぬるくファンに見守られる形での達成となりました。ニコニコ動画の人気ジャンルとして、ついに運営にタグを作られてしまった「例のアレ」、釣り動画だったはずなのに、いつしか独自の本編、MADが無数にアップされ、多くのファンを獲得するまでになった『レスリングシリーズ』について、ここまで多くの人に愛されてきた理由を考えてみたいと思います。

 まず概要。”そもそも”(ニコ動について語るとき、これほど無意味な言葉も無いですが)、『レスリングシリーズ』はアメリカ産のゲイポルノビデオで、きわめてマッチョなガイジン達が不明瞭なルールの下で(どうやら勝敗は衣服を脱がせることと関係があるらしい)、ただレスリングをしているというものです。もともとは少数の人による不公正な操作によって『レスリングシリーズ』の動画を不当にランキングの上位にあげる「ランキング工作」と呼ばれる行為に使われたり、2次元3次元問わず、「女の子の」エッチな動画に見せかけて公開され、それを不純な気持ちで開くと威勢のいい男達がレスリングをしている、という「釣り動画」のネタとして好んで使われたりしていました。そのうちにそのシュールな様子や動画につけられた秀逸な空耳が人気を集めるようになり、『レスリングシリーズ』と名付けられた単独のジャンルとしてMAD動画があげられていきます。それは動画を編集、加工したものや、作品中の効果音(尻をたたく音、通称「ケツドラム」や、特徴的なセリフなど)をもとに作られた音楽、いわゆる「音MAD」、あるいはその組み合わせなどで多岐にわたり、MAD動画のクオリティーはみるみる向上していき、一方でどこから手に入れてきたのか、「本編」と呼ばれる同じ俳優達が出演するオリジナルのゲイポルノ作品が次々と公開され、それがまた新たなキャラクターとMAD動画を生み出し、という循環によって『レスリングシリーズ』は成長していきました。

 他ジャンル(アイマス、東方、VOCALOIDを中心に)のパロディーとして作られることの多かった『レスリングシリーズ』のMAD動画は、「工作」によるネガティブなイメージもあって、当初から元ネタのジャンルのファン達から拒否反応で迎えられることもしばしばで、その動画がハイクオリティーであればあるほど猛烈な荒らしにあったりしていました。しかし、毎年大晦日の「糞晦日」イベント(この日にあわせて多数の動画が公開される。この名前は「くそみそテクニック」という山川純一の漫画に由来)や、『レスリングシリーズ』の主役的な存在を担うビリー・ヘリントン(通称「兄貴」)の誕生日のイベントなどを通し、当の他ジャンルの有名動画プロデューサー達(わかむらPを筆頭に)が動画制作を手がけていったこともあって、徐々にネタとして受け入れられていき、市民権を得ていきました。その結果2008年の兄貴誕生祭の際にはランキングをほぼ独占する(おそらく「工作」などの姑息な手段抜きに、あるいはそれも含めてイベントであった)という離れ業を成し遂げ、『レスリングシリーズ』ファンの層の厚さが証明されたのでした。

 こうしてニコニコ動画の人気ジャンルのひとつとなっていった『レスリングシリーズ』ですが、ゲイポルノという素材の性質上、やはり「キワモノ扱い」だったことは否めません。ニコ動のアンダーグラウンドであり続けた『レスリングシリーズ』に転機が訪れたのは2008年末から2009年にかけて。08年12月の「ニコニコ大会議」イベントに花が贈られてきたのを前触れとして、翌年2月、なんとビリー・ヘリントン本人がニコニコ動画の招待で来日、イベントに出演したのです。それまでMAD動画の「素材」でしかなかった「兄貴」が実体を伴って表れたことは、若干のとまどいとそれをはるかに上回る熱狂をもって迎えられ、秋葉原での出演イベントは開催者の想定を大幅に超える来場者を集め、警察も出動する大混乱の中行われたのでした。その後も兄貴は数度来日、兄貴のフィギュアが発売されるなど、「ニコ動発のキャラクター」として定着していきました。

 その頃をピークにうなぎ登りだった人気も一段落、これと前後して兄貴よりもむしろ、周囲の登場人物に光が当てられていくようになります。木吉カズヤやTDNコスギ、いかりやビオランテチャベスオバマ金閣銀閣といった個性的なネーミングのキャラクターが次々と「生み出され」、ハイクオリティーな動画が制作されていきました。その流れは現在も続き、2010年5月4日現在『レスリングシリーズ』タグの登録動画数は6200件を超えています。

 ここまでが概要です。

 『レスリングシリーズ』がここまで人気を集めたのはなぜでしょうか。優秀なクリエイター達がこぞってハイクオリティーな動画を公開していったことは大きな理由のひとつです。ではなぜ彼らの興味を引きつけ続けることが出来たのでしょうか。『レスリングシリーズ』の面白さはなにによって構成されているのでしょうか。

 『レスリングシリーズ』はニコニコ動画に表れるようになった当初は、「工作」や「釣り」など、荒らし的な目的で使われていました。(「釣り」についてはその頃から「全力で釣られたwww」などと「釣られる」こと自体を楽しむ風潮があり、動画制作者も当初からエンターテインメントを目的に公開していた可能性があります。これが『レスリングシリーズ』が発展していくきっかけになった側面があると考えられますが、少なくとも「工作」については一種の悪意によって公開されていたと思われます。最近では「荒らしと工作はニコニコの華」などと、工作すらも華麗にスルーする風土が成熟しつつあります。)つまり、見る人を不快にするために選ばれた素材が『レスリングシリーズ』だったことになります。少女の卑猥な姿を見るために開いた動画が、みんなが注目している動画を知るために開いたランキングが、明らかに目的と異なるコンテンツで満たされていたら、当然不快になります。それが、動画の登場人物の話す英語に空耳がつけられることを通して、だんだん面白がられるようになっていきます。空耳(鎌田吾作やいかりやビオランテなど)や外見(TDNコスギやトータス藤岡など)から登場人物の名前が決まっていき、非常にファジーながら、性格(『レスリングシリーズ』全体としては「哲学的」な世界観が形作られているとされる)も決まっていきます。『レスリングシリーズ』が注目されるようになると、ほどなく演じている俳優の本名や作品のあらすじなどが明らかになりますが、これらが再創作の際に反映、影響することは少なく、あくまでニコニコ動画の、しかも『レスリングシリーズ』の動画をある程度視聴している人たちのみの間でしか通用しないコンテクストによって、『レスリングシリーズ』の銀河系は広がっていきました。

 この成り立ちをニコニコ動画の他の人気ジャンルと比較します。まずは「ニコニコ御三家」と呼ばれる『アイドルマスター』、『東方project』、『ボーカロイド初音ミク)』と比較してみます。それぞれ10万前後の動画投稿数を誇り、その人気の要因はまたそれぞれにあるかと思いますが、ここでは「オリジナル」とニコニコ動画での再創作作品の関係について考えてみます。

 まず『アイドルマスター』の場合、原作はゲームであり、その登場人物のキャラクターがニコニコ動画における再創作でもかなりの部分維持、または意識されています。また動画の内容の多くがゲームの内容とクロスオーバーしており、アイドルがステージ上で歌い踊る動画を中心に、ゲーム作品と親和性の高いコンテンツが多くを占めます。(もちろん、ニコニコにおける『アイドルマスター』も『レスリングシリーズ』と同様、複雑な系譜をたどってきており、多くの例外を含みます(未来派Pと「ののワさん」をあげておきます。また、最近は『アイドルマスター』も全体の風潮として原作のゲーム作品からの「離陸」があるというのが筆者の考えですがここでは詳しく述べません。いずれにせよ筆者は結構アイマスも好きなんですけど、ボカロは少々、東方はさっぱりわからん、という感じです。)このように、いわば原作を中心とした再創作の体系が見て取れます。ニコニコ動画で人気が出たのは、ゲーム作品自体のテーマや多数のヒロインを持つ事などが再創作となじみやすかったことなどが関係ありそうです。

 『東方project』はこれも原作としてはゲーム作品ですが、『アイドルマスター』とは違った関係性があるようです。『東方』自体が同人作品であり、ニコ動以前からすでに、同人作品の場で多数の再創作が行われ、それを通してキャラクターの性格などが固まっていった事がニコニコ動画での人気にも大きく影響しています。つまり再創作の繰り返しによってキャラクターや物語が構築されていくという点で、ニコ動以前から「ニコ動的な」環境で育てられてきたといえそうです。

 『初音ミク』をはじめとする『ボーカロイド』シリーズは、また独自の発展をしてきています。ニコニコ動画のサービス開始よりも後に発売された音声合成ソフトがいわば「オリジナル」ですが(『KAITO』と『MEIKO』は『ミク』によって再発見されたと考えて問題ないと思う)、はじめにあったのは「声」と「一枚の絵」だけ。それをニコ動のクリエイター達が、様々な歌を歌わせ、絵を描き、ネギを持たせたりしながら育てていきました。

(まにあわーん!編集中!!)