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『聲の形』

感想 アニメ 映画
京アニの総力を結集した制作体制というような布陣で非常に期待していた。

原作は以前すでに読んでいて、障がい者の描き方には問題があると思っていた。
いろいろ複雑な過程を経るにせよ、結局硝子が将也にとって
都合のいい存在として描かれたまま終わってしまったと思った。
普通の少年漫画としてならありきたりではあるけれど、
あえて聴覚障がいという難しいテーマを選んだからには
倫理観やポリティカル・コレクトネスの観点からの批判はあってしかるべきだ。
京アニ版『聲の形』には、原作への批判も含めた新しい物語の提示を期待していた。

まだ一回しか見ていないので、ちゃんと読み切れてない部分がある気がしているけれど、
結論から言うと、上記の期待に作品はきちんと応えてくれた。
大きく原作を改変することもなく、原作の物語ととことん向き合うことで。
しかしその結果としての物語は、非常に見る人に厳しい問いかけを投げかけるものになった。

「障がいもまた個性である。」
聴覚障害を個性として、本人と周囲の人間が(建前でなく本心として)
多様性として認め合う、ということはどういうことなのか、
これをごまかしなく描くためには、どこまで突き詰めて考えなくてはいけないかということを
やりきったという点で、『聲の形』は傑作だと思う。
排除の論理が当たり前に横行するこども達のコミュニティで、
この多様性の受容を、こども達が自分で学び、獲得するまでを描き、
見る人に、できますか?と問いかけている。

山田尚子は優しくない」が最近の個人的なキーフレーズになっているのだけれど、
まさに今回も見る人にとって優しくない、とても厳しい物語を出してきたなと感じた。