『劇場版 まどか☆マギカ』 まどかとカメラの目について

 悠木碧が大好きなんです。声が聴きたくて、あと、あまりに話題になってるので。前半を見たら、後半も見たくなっちゃって、色紙とかフィルムとかもらって結局熱烈なまどかファンみたいになってたというw。

 まどかの「クラスのみんなには内緒だよ!」の「内緒だよ!」がかわいすぎて、もうここだけ2時間聴いててもよかったのですがw、内容的にはテレビ版と基本的に同じ。 絵がところどころ手が入ってる、はず。後半は時間が余ったのか、突然2回目のOPが流れたり、EDも2回流れたし、ちょっとどうなのよ、という感じ。1回目のEDは異空間言語だったけどw。そして、あの絵作りはやっぱりあんまり好きになれない。よく言われるように紙芝居的な、しかもそう揶揄されていることを開き直ったかのような、劇団イヌカレーとのコラボは、ポーズとレイアウトで見せるとてもシブい表現だけれど、自分はもっとヴィヴィッドなキャラクターが躍動的に動く画の方が好きです。

 絵は単純に好みの問題だと思うけど、ストーリーはどうもあんまり出来がよくないんじゃないかという気が。全体を通してのプロットは、

・マミさんの死
・さやかの魔女化(杏子の死)
・ほむらの過去
・まどかの女神化

のエピソードの分かれている。このそれぞれのエピソードがどうも矛盾してるんじゃないか。特にマミさんの死とさやかの魔女化は、マミさんは生々しく身体を失って死ぬのに、さやかは自分が魔法少女になったことによって生々しい身体を失ったことが理由で魔女化する。これが物語の統一を考える上で決定的に矛盾していて、必然性に導かれた筋の統一によって成り立っているこの作品は、失敗してるんじゃないか、と思うのです。

、、、思っていたのですが、このことをtwitterで書いてたらリプライをもらって、少し話すことが出来た。まどかマギカのことに対するtwitterの感度はものすごくて、ほんとに人気があるんだなあと実感する。自分がなにか言うと、すぐに反応が返ってくる。こういうところが作品の善し悪しはおいといても面白くて楽しい。

 で、その話をしている中で思いついたのが、この作品は「徹底的なまどか1人称視点」で描かれているのではないか、というものです。

 マミさんが「マミられて」死ぬのは、彼女が魔法少女であることを考えると、頭を食いちぎられて死んだというよりも、それといっしょにソウルジェムが壊れちゃったからと考える方が良さそうです。しかし、まどかが魔法少女の仕組みをわからないうちにマミさんは死ぬので、「まどかの目には」マミられる様子はすごく身体的で生々しいものとして映ります。一方、魔法少女の仕組み、ソウルジェムに魂を移して・・・、ということを知り、「こんなの絶対おかしいよ」と思っているときにさやかは魔女化するので、「まどかの目には」さやかはからっぽの身体に悩み続けた結果魔女化したものとして映る。

 この読みをすると、物語前半で魔法少女でないにも関わらず、まどかがかたくなに魔女との戦いに同行する理由の説明にもなります。つまり、まどかの目を通して観客は物語を見つめるので、まどかが知っていること、考えていることしか観客は画面を通してみることが出来ない。だからストーリーの要請として、まどかは魔女との戦いに同行しなくてはいけない。この点は物語内部の理由付けとしては、ほむらが時間を繰り返す結果、まどかが背負った因果が、、、というくだりが説明になっていますが、彼女が巻き込まれるのではなく、自分の意志でついて行こうとすることには、彼女の語り手としての意志を感じることが出来ます。

 そしてこの、まどかが物語全体の語り手であるという構造は、まどかが宇宙の仕組みを書き換える(宇宙全体の語り手となる)という結末と響き合って、いきなりであればぶっ飛び過ぎてついて行けないような結末に、物語としての一貫性を与える効果を持っていると言えるのではないでしょうか。

 ほむらの過去が語られる10話は、まどかがほむホームでほむらから直接聞いたであろう内容をなぞっているということで説明できる。が、さやかと恭介のエピソードはこの読みで通すのがちょっと厳しい気もするので、いまいち説得力ないかもと思っていますが、まあ一応の自分の読みということで。


 レイトショーで見て、電車が無くなったのでもう1本『桐島部活やめるってよ』を見た。実写映画をましてや映画館で見るのはひさしぶりで面白かった。神木隆之介がかわいかっり、大後寿々花が大きくなってたり。あんな内向きな作品がロードショーされてるっていうのも面白いなと思った。
 映画同好会のリーダー神木きゅんがクライマックスで「みんなが見たい映画と、自分が撮りたい映画が重なるときがすごく嬉しい」みたいなことを語る。これは明らかに制作者の代弁なんだけど、こういうセリフが自分はやっぱり好きなんだと思った。どこまでもダイレクトに、まっすぐ伝わってくる言葉が好き。