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「Wake Up, Girls!Festa. 2016 SUPER LIVE」とひとりのオタクからのレクイエム

感想 アニメ ライブ
12/11 18:00 @幕張メッセ 国際展示場5ホール

すべて終わって、もう全員が裏にはけたあと、客電がつく十秒前が一番アがって、
五秒前に絶叫し、電気がついて、ざわつく会場をあとに、
頭を抱えながら帰ることになった。

なにがあったかというと、WUGのアニメの新作発表があり、監督が代わると発表された。

それまでのライブのこともまずは書いておかないと。すごくいいライブだった。
後ろの方の席だったけど、トロッコに乗ってきてくれて、
津田ちゃんがすごく近くに来てくれた。かわいかった。
WUGはお姉様方と並んでも遜色ないパフォーマンスが出来るぐらい成長していて、
また大きくなったなあ、と感慨深い気持ちになった。
下野紘が出てこなかったのが期待外れだったぐらいで、
曲数も多かったし、すごくいいライブだった。。。

Wake Up, Girls! は「ヤマカンの作品」だと思ってきた。
作品が生まれるまでの物語が、監督の個人的な経験に結びつけられて語られてきたから、
そして、それに共感して期待し続けてきたからだ。
新しいエピソードが出て来る度に、本当にワクワク感があった。
「アイドルは物語」というテーマを、作品の多層なレベルに重ねて、
観客をその中に織り込んでいく手法は監督の得意技が見事に決まってると思ったし、
だからこそ自分も、作品を見るだけで終わらず、
実際に何度も東北に足を運び、いろんな新しい出会いや発見が出来た。
アニメの出来とそれに対する見た人の反応を残念に思ったこともたしかにあったけれど、
TVシリーズの9話(気仙沼回)はお世辞抜きで神回だと思うし、
あれをあそこまで感動的な作品に出来たのは、
背景に分厚い物語を感じさせる作品にWUGがなっていたからだと確信している。
震災後、それを意識した作品はたくさん出てきたけれど、
こんなに真正面から、「僕たちに」向けて震災について投げかけてきた作品があっただろうか。

監督は以前、WUGを解散させるまで面倒をみると言っていた。
それは果たされないのだろうか。
あんなに素晴らしい曲を何曲も書いたのに、
彼女達は監督が自分たちのもとを去ったことを想いながら歌わなくてはいけないのか。
あんなに素晴らしい作品だったのに、
結局ダメ監督が腐って投げ出した黒歴史に(また!)してしまうのか。

このままヤマカンがWUGをさっぱり離れて、
次に福島を舞台にした新作アニメなんかしれっとやったとしたら、
いい加減「ふざけんじゃねーよ!」と言いたい。ヤマカンにも、その周囲の人にも。
だってそれは違うでしょう。
復興には長い時間がかかるから、一過性のものじゃない物語を被災地に結びつけて、
そこにちゃんとずっと人を呼ぼうと、アニメとアイドルならそれが出来ると、
そう思ったからこそのWUGじゃなかったんですか。

前回気仙沼を訪れたときには、真夢と夏夜が語り合った波打ち際のベンチは
フェリー乗り場になってなくなっていたんです。
そうやって町が変わっていく様子こそ、ヤマカンが、WUGを通じて、WUGと重ねて、
見て欲しかったことなんじゃないかと思っていたけれど、
それは勘違いだったのでしょうか。
そうやって復興が進んで、津波に流された町が新しくよみがえる、
このエネルギーと共鳴して輝くのがWUGじゃなかったんでしょうか。
まだなにもかも、途中なんじゃないでしょうか。
それで福島に行って、また新しいインスピレーションがあったとか、
監督にとって被災地はただの想像力の源泉なのでしょうか。

新しいWUGはきっといいアニメになるでしょう。
でも、それは・・・WUGになるのかなあ。。。
まだ結論を出すには早計かもしれないけれど、、、

今はただ残念、それだけ。