一人 / と / 一群

Project Le mat 0 x 集合芸術ANDAZ ART Work NO.IV

「一人 / と / 一群 〜Not alone But a Family〜」

@ザムザ阿佐ヶ谷 6/9 13:00〜

 

 友人が出演するということでなにかに引き寄せられたのか、2週連続で小劇場。この公演は演出の一人も学生時代の知り合いで、彼の公演を見るのは、それもまた5−6年ぶり?ぐらい。前回見たときは、暗く、内向きなストーリーがあんまり好みじゃなかったと言うような感想だった気がする。前回の印象があったので、今回も暗い話しだったら嫌だな、と思っていたのだけど、いい意味で期待を裏切ってくれた。

 ストーリーはアンドロイドもの近未来SF。エンタメ作品としてもとてもよく考えられた脚本で、最後まで破綻なく見せてくれるし、大きなテーマとしては家族のあり方を扱っているんだけど、今上演される演劇としての社会性もちゃんと帯びた優れた舞台だったと思う。ただ、それだけに少し気になるところも。

 「大人は自分のやったことに責任を取らないといけない」という主旨の長い独白が終盤にあってなかなか響くんだけど、社会的な弱者を主人公に描く中で、最終的に自己責任論に落ち着くのは、問題があるように思った。でも、その独白は総合演出を務める本人が役者として行うもので、これが真に迫る迫力で伝わってきたということは、ここに強い主張が置かれていると考えていいのだろう。

 5−6年前に見た舞台では、学校の中だけで生きる生徒達の鬱屈とした感情みたいなものが主題になっていたようにうっすら記憶しているんだけど、今回は箱庭の中でなんて生きられないんだよ、という別の厳しさをメッセージにしてきているということだろうか。なかなかよく考えられている話しなだけに、いろいろと考えながら見ていた。

 舞台を埋め尽くすような人数の役者達による群読を駆使したパワフルなセリフ運びなど、大変エネルギッシュな舞台なんだけど、とてもよく演出されていて、よくあの人数をあのクオリティで動かせるなと感心した。役者も適材適所に感じる、ということは演出が行き届いているということだ。なまじ、制作側の人を知っているので、これだけの規模でお芝居をやるのって本当にすごいなあと思う。しかもそれを5年以上続けているのだ。これからももっと活躍して、いろんな芝居を作っていって欲しい。

第14回TOKYOマイムカレッジ試演会 シアターパントマイム公演「襷」

6/3 14:00~@新大久保スタジオエヴァ

 前回玉木さんを見たのは、早稲田のせっまい小屋だったような気がする。いつだったかもう記憶が無いので、記録に頼るともう6年前らしい。ふと最近何してるかなと思い立って、連絡先もわからなくなっていたのでググると、ちょうど今回の公演の情報が出てきた。ストーカーと言わないでほしい。私は玉木紘子のファンなのだ。予約用メールアドレスにメールを入れたら、3日ぐらいしてから返事が来た。「玉木さん、この人知ってる?」「げ、なんで!?受付しないで!」というやり取りがなかったことを願いたい。

 彼女がパントマイムを始めたときは、役者のスキルを磨くための一時的な肥しのつもりなんだろうと思っていた。あれから6年、最初からか途中からかわからないけど、彼女は本気でパントマイムの表現者を目指すようになっていたことが、今日、その演技から伝わってきた。

 6人の演者がひとりずつ出てくる形式。公演を通して、音楽は流れるが役者は一言もしゃべらない。叫び声やため息のような発声もない。玉木さんは休憩挟んで後半トップの5番目。正直、前半はあんまり内容が伝わってこない人もいたりして、このままだとちょっときついな、と思ってしまっていた。玉木さんは途中、タイトルコールのかわりのショートコント的なパートで他の役者とふたりでちょっとだけ登場した。6年ぶりに見る玉木さんは輪郭が少しふっくらした以外変わりなく、懐かしい幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 休憩が終わり、暗転した会場が再び明るくなると、彼女はシンプルな上下黒い衣装を来て、舞台に正座していた。タイトルは「鏡」。鏡台の前に座った女性が、ぎこちない手付きで化粧をしていく様子だ。前半の4人とは違うレベルの演技だというのを、この時点ですでになんとなくではあるが感じられた。

 とても丁寧で伝わりやすい演技なのだが、どこか違和感があった。化粧をする様子がぎこちなさすぎるのだ。最初は子供が初めて化粧ををする様子なのかと思った。でも彼女の表情や演技からは、子供の無邪気さや荒々しさは全く感じられない。そこで彼女の視線に気付く。視線が定まらず、光の無い目が薄く開いている。盲人を演じているのでは、という推定が頭に浮かぶ。鏡台の引き出しをなぞるように探る仕草や、口紅のキャップを外したときの上下がわからないかのようなもたつきはそれを裏付けるように思われる。そう考えると、彼女の一挙手一投足が、すべて盲人の仕草をなしているように思えてくる。演技として完璧、と評価を下すより早く、ある考えが頭に浮かんでくる。

「玉木さんは本当に目が見えなくなっているのではないか?」

 6年間、彼女とは全く連絡をとっていなかったし、他の人から消息を聞くこともなかった。もし彼女になにか不幸な出来事があって、それが伝わることを拒んだ彼女が過去の友人との連絡を断っていたとしたら。それなのに、突然自分が公演をネット検索で見つけ、招かれざる観客の視線が舞台の上の彼女を突き刺しているとしたら。そうだったらどうしよう、軽い気持ちで取り返しのないことをしてしまった。切実にそう思わせる真実味が彼女の演技にはあった。舞台の上の役者を見ていて、それが本当に演技なのか、本当に見ているものは偽物なのか、わからなくなったのはこれが初めてではないだろうか。それは彼女の演技が素晴らしかったことももちろん、自分が彼女と長期間連絡を取っていなかったという個人的な事情もあるだろう。それでも、あの冷静な演技で観客にこんなことを思わせる、これは本当にすごいことだ。

 そんなことを考えるうちに、彼女は鏡台にかかる布をまくりあげ、鏡に手をつき、その中をのぞき込もうとして倒れ込む。彼女は夢を見る。

 砂浜の日差しの眩しさで目を覚ました彼女は、失っていたはずの光に気付く。すくった手からこぼれ落ちる砂の輝きに子供に返ったようにはしゃいで、走っていくと今度はバラの花と出会う。それがバラだとわかるのは、花びら一枚一枚を確かめる彼女の手付き(これに一番感動した。彼女は視覚を手に入れてなお、盲人の仕草をしている)、とげを刺して指からにじむ血さえも、彼女はその鮮やかさに感動するのだ。

 そして彼女はあらためて鏡台の前に座り、化粧をし、鏡にかかった布をまくる。繰り返される動作だが、今度は彼女の動作に探るような仕草やもたつく様子はない。見えているからだ。しかし見えているからこそ、彼女は最後、鏡と向き合うときに顔をそむけざるを得ない。それでも、彼女が初めて自分の顔と向き合おうとするところで、夢は終わる。

 感動した。役者の身振りだけで、こんなに多くのことを観客に伝えられるだろうか。ひとつひとつの仕草に、動作の意味を超えた物語としての役割が与えられ、それが見る人に意図通りに伝わっている。例えば、ファンデーションの匂いをかぐということ、バラの花の花弁を一枚ずつ確かめるということ、指先の迷い、あるいは迷いがないということ。

 そのあと、トリの演者を挟んで(足が身体から独立するというとても演劇的な主題で、本質的かつ笑えて面白かった。)、6人全員でステーキ?を食べながら泣いたり怒ったり笑ったり(玉木さんは泣き叫んでいた)する演目で終演。そしてカーテンコールで、6人を代表して挨拶をする玉木さんが、話しながらこちらを向いて微笑んだ。目が合った!絶対あれは自分のことを見て微笑んだのだ!「好きになるから!こんなの好きになるから!アイドルか!アイドルか!」と心の中で叫んだ。もう十分好きなのである。このときにようやく、盲目の人としての玉木さんが、演技だったと確信したと思う。

 6年て長い。この6年自分が生きている間、玉木さんは知らないところで違うことをしていた。他のことを、本気でがんばっていたのだ。自分も違うことをしていた。彼女ほどがんばっていただろうか。彼女ほど、なにかを手に入れただろうか。考えてしまう。

 それから、今回彼女はパントマイムの見方、面白さを教えてくれたと思う。どんなにうまい演技でも、最初の仕草だけでは何をしているかわからない。ところが、ひとたび物語や動作の意味に気付くと、遡ってすでになされた演技の意味がわかる。物語の最後で、はじめからのストーリー展開を一貫して確かめられたときは大変気持ちよく、それができなかったときは非常にもやもやする。こう書くとセリフのある演劇と大差ないと思うかもしれないが、パントマイムはクイズ番組やミステリー小説のように、その謎解きの繰り返しが楽しいのだ。もちろん、これを提供するために演じる側は、身体能力だけでなく、緻密な脚本や構成が必要になる。玉木さんの演技は、それを実現していて、単なるイミテーションを超えた、芸術としてのパントマイムを見せてくれたと思う。

 また見たいと思ったし、今度はもっと大きな作品を見てみたいと思った。また見に行きたいと思う、ストーカー認定されなければ。

サボってしまった。

ブログをほとんど1年近くサボってしまった。最後の記事は去年の7月。

そんなに長く書いてなかったかと思ったけど、書いてなかった。

いろんなことの記録を何にも残さないのはもったいないので、少しずつまた書いていきたい。

 

 来月結婚する。自分が結婚するなんて、ほんとについ最近まで考えてなかった。少なくとも学生時代は結婚は明確に悪だと考えていたし、年を取りながら友達や同僚が結婚していくのを見ていくうち、世の中と折り合いをつけるように考えは柔軟になっていったけど、それでも結婚は根深い悪しき慣習だという考えは抜けきらなかった。今でも正直言ってそう考えているところは多分に残っている。

 結婚は平等じゃない。家族とか戸籍とか、生きる上での基本的な枠組みが結婚によって形作られることで、男と女の間で、結婚する人としない人の間で、親と子どもの間で、明確な非対称が生まれ、それによって多くの人が苦しんでいて、社会全体にもいろいろな弊害が生まれている。今でも結婚はメリットよりもデメリットが多い制度だと思っている。少なくとも、よりよいシステムを現代の日本でなら十分現実的に実現できるはずだ。

 それでも結婚することを決めたのは、付き合って4年になる恋人と、これからもパートナーでいるのかどうか、という選択が、今のタイミングで結婚するかどうかの選択とほとんど同じ意味になってきたからだ。相手が結婚を望んでいた。このタイミングで仕事を長期間休むことになったこともあり、別れることを真剣に考えた。その方が相手のためにも、、、正直に言えば自分がその方が楽になると思っていた。ところが、相手の方がまったくそういう考えがないようだった。いろいろと悩んでいてくれたのは話をすれば感じていたけれど、それは自分と別れるかどうかではなく、ふたりの将来について悩んでいた。休職中もなにかと外に連れ出してくれて、その度に励ましてくれた。そんな中、ひとりで急にアメリカに旅に出て、愛想を尽かされるかと思ったけど、当時はそれを期待していた気持ちもわずかにはあった気もするけれど、まったくその気配すらなかった。これはうれしかった。ありがたかったというか。仕事を辞めることも考えていたけど、今はそのタイミングじゃないと思い、復職して、このときから具体的に結婚を考えはじめた。1年弱経って、ある程度仕事も落ち着いて来たところでプロポーズをした。相手は喜んでくれた。

 後ろめたい気持ちがある。セクシャルマイノリティのかつての友達、今ではそう呼んでいいかわからないけれど、に対して。学生の時、旅先のツアーで出会い、旅先で告白された。自分と付き合って欲しい、ということと、自分がトランスジェンダーであるということ、をだ。自分は当時恋人がいたので、断った。自分はちょうどフェミニズムジェンダースタディーズに触れ始めた頃で、その友達もいっしょに旅行に行くような親しい人に囲まれていたこともあり、気兼ねなく接していたつもりだった。告白を断るときも、特別に傷つけないように配慮したつもりだった。

 帰国してから間を開けずに2回ぐらいふたりで会ったと思う。ぎこちないデートだった。それ以来向こうからの連絡がなくなった。それから間もなく、性別適合手術の為にタイに行ったということを聞いた。ショックだった。自分が「普通に対応した」つもりになっていたことが、相手の人生に決定的な影響を与えてしまったと思った。ポジティブな気持ちで手術に向かった可能性だってある。わからないけれど、いずれにせよとても重大な決断に影響を与えてしまったと思った。

 それ以来、あの時自分はどう応えるべきだったのかと考える。手術を受けて幸せになっているだろうか、とも。セクシャルマイノリティについても普通の人よりは勉強した。自分はほぼヘテロシス男性として生きてきたけれども、自分の同性愛傾向が人より強いようにも思い、Jack'dやGrinderで何人かの相手とデートしたり、ArcHでナンパ待ちしたりした。もちろん楽しくてやってたけれど、多数派の居場所に守られているだけではいけないという意識はあった。

 今の恋人と付き合うようになってからも、結婚を考えるようになってからも、時々ぐちゃぐちゃ考えることはあった。でも、それでも結婚することを選んだんだから言い訳は出来ない。結婚なんて、そんなにたいしたことじゃない、と思っていたし、思えばいいのだけど、だとしてもこの選択をしたと言うことで、これからもぐちゃぐちゃと考え続けるんだと思う。最終的には結婚なんていうシステムが必要のない社会になればいいと思っている。でもその前に段階を踏む必要もあると思っている。婚姻平等はその過程にあっ定位プロセスだと思う。誰もが誰とでも平等に結婚できる社会を望んでいるし、その実現のためにやれることはしていきたいと思う。

 仕事のことを書いておくのは、結婚したときに自分がどういう状況だったかの記録のため。ちょうどプロポーズをする1年前、休みたいと申し出て、約4ヶ月の休暇を取った。精神科に通い、適応障害の診断書を会社に出した。たまっていた有給休暇をきれいに使い果たす形で、結局「休職」とはならなかったけど、まあ形式の問題だ。原因は今となってははっきりと直属の上司からのパワハラだと言えるけれども、当時はそこまで整理して考えることが出来なかった。つまらないことに細かく指摘を受けて、細部を気にするうちに全体がうまく回らなくなった。それに対しても怒られ、馬鹿にされ、そうかと思うと飲みに連れて行かれて励ましを受ける。なんとかがんばりますみたいなことを言って、次の日からもその繰り返し。最後の方は、たしかに心の状態が普通じゃなかったと思う。その上司が、みんなに配っていたもらい物のお菓子を、自分にだけ投げて渡すのがすごく嫌だった。

 がんばっても何にも出来ないという状況に陥ってしまい、本当にもうどうしようもなくなって、なにもうまくいかないという状況で、明らかに自分がいない方がうまくいく状況になっていた。このまま続けていても、自分にも仕事にもいいことはないと思って、休みたいと言ったのはメールでだった。12月の頭で、年内休んで年明けから出て来ればいいぐらいに思っていた。まわりからも心配されていたということはあとから知ったけれど、組合の人が声をかけに来たことはあった。その時点で普通だったら普通じゃないと気付くんだろうけど。昼休みにメールを送って、送った直後に直属の上司から呼び出されて、いつまで休むつもりなのかとか、なにが原因なのかとか、そんなようなことを聞かれた。上に書いたようなことをそのまま答えたと思う。それから、年明けの異動を考えるというようなことを言われ、それならどうか、それでも仕事を休むか、と聞かれた。自分は異動出来るなら年内ぐらい我慢する、というような気で、それなら会社に来ます、と言った。ところが、その日の午後のうちに、今度はその上の部長に別室に呼ばれて、直属の上司には以前から自分への態度について指導をしていたということなどを聞かされて、精神科に受診することを勧められるとともに、休んでいいんじゃないか、というようなニュアンスで、あらためて休職の意志を確認された。自分は今度は、ああ、休んでもいいんだ、と思って、休ませてください、と言った。思えば本当に自分で判断する能力が低下していたと思う。そこで休職が決まった。部長は少なくとも他意なく対応してくれたと思う。当時の自分にとってはそれはとてもありがたいことだった。そのあと、直属の上司がパソコンの画面に映したエクセルの表を見せてきて、中身はよく覚えてないけど、休職に至った経緯を整理したみたいなものについて、「これで間違いないね」と確認を求めてきた。そんなに変なことは書いてなかったと思ったので、自分は同意したけれども、いま思うとあれは上司が自分を守るため「だけ」にやっていた作業なんだろうなと思う。

 ともかく、その日から休職となった。その日、家に帰って、両親に仕事を休むことになったことを伝えたはずだが余り覚えていない。酒を買って帰ったらしく、今でも家に酒を買って帰ると、何かあるのではないかと身構えると父親が言っていたので、それなりに衝撃的だったらしい。その翌日に近所の精神科を受診した。学生の頃、いろんな友達がいかに強い向精神薬を飲んでいるかをほとんど自慢のように語っているのを聞いていたのを尻目に、自分は心の健康だけは問題ないなと思っていたのを思い出し、なんかこんなことになってしまったなあ、と待合室で考えていた。診察は30分ほどだっただろうか。休みに至ったいきさつは当然として、家族・親族関係や親の性格、子どもの時どんな性格だったかとか、得意教科とかを細かく聞かれたのが印象的で、「フロイトだ!」と思った。そのあと就活の時のSPI試験のような用紙を渡されて、待合室に戻されてから回答し、そのあとまた診察室に呼び戻された。

 医者からまず言われたのは、年内休みたいと言ったことに対して、最低2ヶ月は休まないと何にも変わらないよ。と言われた。それから、上司のハラスメントがあったんだろうということや、嫌だったことを無理に忘れようとしないこと、などの指摘やアドバイスがあった。そして、デスクの上に用意してあった大判の本を手に取ってこう言った、「アスペルガー症候群って聞いたことある?」。

 聞いたことはある。自分にはその傾向があるかもしれないという。SPIのような検査の結果は診断には至らないものの、希望すればちゃんと調べることが出来るそうだ。先生は手に取った本(大人のアスペルガー症候群、的なタイトルだったと思う)をパラパラと見せながら、症状や患者の体験について思い当たるところはないか、という。思い当たるところは、あった。それはもう、泣きたいぐらいに。「ああ、そうだったんだ。」と一発ですべてが解決したような気さえした。だいたい生まれつきで、遺伝によるところが大きいというような話も聞いた。

 そこで2ヶ月休職するべしと言う内容の診断書をもらって、今度は会社の産業医との面談に臨んだ。だいたい聞かれる内容は同じような感じだったが、産業医の面談は人事部の社員が同席していた。診断書には2ヶ月の休職とあったが、今度はさらにもう一ヶ月休む必要があると言われた。これが自分の症状との兼ね合いなのかはよくわからない。休みがもう一ヶ月伸びて、正直よかったと思っていた。そこで、自分は精神科でアスペルガーの傾向があると言われたと申告した。産業医は、自分とは話している限りその傾向は感じないとのことや、発達障害は最近特に過剰診断される傾向があると言うことを言ってそれを否定した。自分はこれまで感じていた気持ちに病名が付いたことに喜びさえ感じていたので、でもいろいろと思い当たるところが!ぐらいのことは言ったと思う。

 会社でまでこんなにこだわっていた理由はまだよくわからないけど、ひとつは病気なんだったら治るだろう、という思い込みがあったからのように思う。自分はけっこうこれまで生きてくる中の所々でいろいろと生きづらさを感じていて、本当に死のうかと思うようなタイミングも合ったのだけど、そういういろんなことが治療できた自分の病気のせいなのであれば、治りさえすれば本当に全部うまく行くんじゃないかと先走って考えていたところがあるんじゃないかと思う。産業医は、そう診察した医者に対して、「その医者は変わってる、そんなこと言ったって、何の救いにもならないもん」といった。そのときの自分は、おおいに救われた気分になっていたので、その意見を不満に感じたけれど、今となっては産業医の「セカンドオピニオン」はもっともだったのかなと思う。

 休むことになっても、2週間に一回の診察、月に一回は会社に行って産業医との面談があり、なんとなく落ち着かなかった。これも後から振り返ればだけど、最初の2ヶ月はたしかに元気がないというか、心が落ち込んでいたと思う。3ヶ月目に入るか入らないかという時に、具体的に異動を検討するという話があって、そのためにもう一ヶ月休んで、と言われた。もう一ヶ月休みが伸びて、よかったと思った。本当にそんな感じだった。3ヶ月目に入ると、ある程度元気になってきていた。本を読んだり、ロシア語の短期講座に通ったり、なんといってもアメリカ旅行をしたりした。アメリカ旅行の件はすでに書いたのでいいとして、平日の昼間に公園を散歩したりしていると、子どもやお年寄りがたくさんいて、地域社会の存在を実感することが出来たりする。サラリーマンには見えない世界もあるのだと思った。公園のベンチで詩の朗読をしたりもした。彼女には、アスペルガーのことを話した。医者が自分に見せたような本を買って、それを渡したりした。最初はなんのこっちゃという感じだったけど、真剣に受け止めてくれたようだった。それでも捨てられなかったんだからすごいと思う。どこまで理解があるんだと、正直心配になるくらいだった。

 復職後は転勤があって、うまくいったりいかなかったりはあるけれど、まあなんとかやっている。引っ越しや、新婚旅行や、いろいろな新しい生活の準備が慌ただしい。30年近く住んだ家を出る感慨も、新しい生活に対する不安や希望も、まだ実感がない。飽きたからこれぐらいにしておく。

コミックマーケット92 『双子姉妹』

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今回もサークル参加することになりました。

今回は原点回帰で創作百合小説です。

日曜日 東地区 "Q" 23a 『双子姉妹』

新刊 『双子姉妹 春』 たまっこ著  66頁 300円

その他、気力があればペーパーとか。
既刊もあるものは持って行きます。

よろしくお願いします。 

アメリカ旅行7〜最後に、ロサンゼルス〜

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 ミュージカル三昧の翌日、ロサンゼルスへと出発した。LAは従兄弟がずっと住んでいて、行きたいとずっと思っていたのだけど、なかなか機会がなかったので会いに行った。

 空港着いてまず連れてってもらった、in-n-outバーガー美味しかったw。ニューヨークではあんまりハンバーガーショップには入らなかったんだけど、非常に普通で美味しかった。ポテトにカロリー高そうなソースがかかってて、あと、唐辛子の酢漬けみたいなのも取り放題になってて、おなかいっぱいになった。カリフォルニア州マリファナが解禁されたばかりと言うことで、街中でも至る所でマリファナ臭がする。従兄弟がやってるかどうかについては深く聞かなかったw。

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 ロサンゼルスの街中は、ちょうど、翌日からアカデミー賞の発表があるところで、メインストリートにレッドカーペットがしかれ、その外側を柵が取り囲む厳戒態勢。まだ前日なので、有名人はいない。あんまり夜歩くのはよろしくないと言うことで、ちょっと通りを歩いただけ。トランプ政権になって、ヘイトクライム的なのが増えていて、従兄弟も実際に嫌がらせに遭ったりしているといっていた。その日は、従兄弟がアニメ・ゲームの制作関係の仕事をしている関係で、制作会社の社員の自主制作作品の発表会に混ぜてもらった。スタジオ見学もさせてもらって、ほんとに(建物の作りとかが)ラ・ラ・ランド的な感じで感動した。上映されたアニメ作品は数秒のくだらないものから、力作の短編まですごい数があって、エネルギーすごいなと思った。トランプ批判が目立った。その夜はピザを従兄弟の家に持って帰って食べた。これも美味しかった。

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 翌日は近くのショッピングモールの中にある中華料理屋で飲茶を食べて、そのあと連れてってもらったのはGetty Center という郊外の小高い丘の上にある美術館。リチャード・マイヤーという建築家の純白のモダニズム建築で、丘の上にあるので景色がきれいだったり、庭がきれいだったりする(天気がイマイチだったので残念だった)。展示品は古代から現代までまんべんなくという感じ。でかいジャコメッティがあったのがたしかここだった気がする。よく見るやつの等身大かもっとでかいやつ。

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 夜はステーキハウスに連れて行ってもらった。ここで食べたステーキが、今回の旅で食べたもので一番美味しかった。まあ、みんなで食べたって言うのもあるけど。すごい混んでる店で、待たされるんだけど、その間バーカウンターででかいジョッキでビールを飲んでられて、サービスで殻付きのピーナッツが出て来る(おかわり自由)んだけど、殻をみんな床に捨てるからその店の床はピーナッツの殻が踏み潰された屑で覆われているという。何はともあれ、美味しかったです。

 

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 そんなわけで旅は終わりを迎えました。2週間の長くもなく、短くもなくの旅だったけど、ひとり旅にしては見たいものも、食べたいものも、行きたいところもがまんしない、贅沢な行程だったと思う。遊びほうけてバカになるぐらいなつもりだったけど、途中アメリカの傷跡的なスポットを訪れて、予想外にしみじみさせられたりして、勉強になった旅でもあった。

 次にブロードウェイを訪れる機会が来るかわからないけれど、やっぱりアメリカがここにある、と思ったし、世界のミュージカルの中心を感じることが出来たのは本当によかった、感動した。アメリカの見方が少し変わった部分もあって、この旅の影響は大きいと思う。

 たとえ、もう一度ニューヨークを旅行で訪れる機会があったとしても、こんな旅は二度と出来ないと思うから、「また行きたい」じゃなくて、今度は違う旅をしようと思う。

アメリカ旅行6〜ミュージカル〜

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 ブロードウェイでミュージカル観劇。こんなに憧れていたことは他にないかもしれない。予期しないタイミングだったけど、実現できて本当によかった。観劇の記録。

 

1.『Hamilton』2/22 20:00〜 @Richard Rodgers Theater

 今回の旅の主目的は、『Hamilton』を見ることだった。そもそも旅を思い立ったのが、これのチケットがネットで買えそうだということがわかったから。これが旅の後半にきたので、それまで生牡蠣もがまんしたし、荷物が増えてもちゃんとジャケットも持参した。

 アメリカのチケットぴあ的なTicketmasterというサイトで発売されているんだけど、正規販売のチケットは半年先まですでに発売されてて、ほとんどが完売してる。しかしこのサイト、正規販売のチケットと同じ画面で、リセール(転売)のチケットも扱っていて、割高になるもののそれが普通に買えて、正規のチケットと同じように、オンラインで発行したチケットをプリントして持って行けばそのまま使えるという、さすが資本主義の国、という仕様になっている。転売ビジネスを取り込んでしまっている。もちろんそれによるチケットの高騰はアメリカでも問題になっているらしく、その対応として、公式のチケット販売価格が値上げされたという。さすが資本主義の国。そのほかにも、いくつか救済措置が設けられているものの、現地での当日抽選などいずれも観光客向きではない。というわけで、正規のチケットでも300USD ぐらいからなので、かなり気合いを入れないといけない。結局買ったのは2階席後方の席でコミコミ700USDぐらい。飛行機代よりちょっと安い。高い、高いけど、これを見ないと意味がない。というわけで買った。

 この機会をムダにしてはいけない、ということで、チケットを取って早速サントラを購入。ヒップホップのミュージカル、普通の英語すらろくに聞き取れないのに、ラップなんていきなり観たって明らかに無理なので、そこは早々にあきらめて、徹底的に予習することにする。歌詞カードが公式サイトにあったので、そのPDFをiPadで聴きながら読むという完全に普通の英語学習。とはいえ結構難しいので、思ったより時間がかかって最後までちゃんとは読み切れなかったけど、ストーリー展開と、キーフレーズぐらいは頭に入れてから渡米できた。

 当日。そんなプラチナチケットなので、やっぱりアメリカ人も結構舞い上がっていて、入り口でめちゃくちゃ写真を撮ってたりする。まあ、自分も撮ったけどね。たくさん撮ったけどね。結構みんなちゃんとした格好をしてる。ジャケットを持って来て正解だった。入ってすぐにパンフレットを買ったけど、PLAYBILLという薄いパンフ的なのはタダでくれた。飲み物は場内で買うと、ふた付きのタンブラーに入れてくれて、中に持ち込める。タンブラーもハミルトン仕様になっててお土産になる。

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 席は二階の後ろの方だけど、ステージからは思っていたよりも近くて、しっかりと見える場所。座席はでかいアメリカ人には辛いサイズ。古典的なヨーロッパ調の内装にはブロードウェーの伝統が上書きされて、今となってはしっかりとした歴史を感じさせる。ステージは中央に回転舞台の仕掛けがあって、そのまわりを2階立てのセットが囲んでる、わりとシンプルな舞台。始まる前は結構みんな写真撮ってて、自分も場内の写真を撮ったけど、ルール的にはどうなってるんだろう、なんとなく曖昧な運用がうまくいってる感じだったけど。

 いよいよ開演。『Hamilton』はアメリカ独立戦争を舞台にしたミュージカルで、ジョージ・ワシントンの部下で合衆国憲法の起草に関わったアレクサンダー・ハミルトンを主人公に、彼の公私の盛衰を「ヒップホップで」歌った作品。メロディーのある曲と曲の間もすべてflowの効いたラップでつながれていることから、全編に渡って曲がついたという意味のsung through musicalにラインナップされる(ブロードウェー作品でも結構珍しい)。出演者のほとんどが人種的なマイノリティであり、ジョージ・ワシントンをアフリカ系の俳優を演じるなど、多様性にフォーカスしたキャスティングが特徴的。移民問題に対する社会的な関心が高まる中、主人公ハミルトンが孤児から苦学の末にアメリカに渡ってきた経歴の人物であることも合わせて「移民が作り上げた国アメリカ」を主張する作品として注目を集めたことで、2015年の上演後、トニー賞11部門、グラミー賞ピュリッツァー賞と取れる賞は総ナメにして現在も半年先までチケットが完売というメガヒット作品である。脚本・作詞作曲・主演(!)のリン・マニュエル・ミランダはその後、ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』の共同脚本・作曲も手がけており、『Hamilton』も映画化が決まっている。

 始まって暗くなる時は「ああ、ついに始まる!」という感動が押し寄せた。そういえば「幕が上がる」というけれど、始まる前から緞帳は上がりっぱなしだったな。はっきりした暗転もなく、客席のざわめきがおさまらないうちに突然音楽が始まった。その後も、とにかくテンポが速かった。曲ごとに拍手や歓声が起きるんだけど、それに応えるような間はほとんどないまま、どんどん進んでいく感じ。サントラを聴き込んでたわけだけど、ほかのミュージカルだと、サントラの間にセリフが入る場合もあるし、そうじゃなくても曲のつなぎ目で少しテンポが落ち着くタイミングが必ずあって、そうするとサントラで聴くのと実際に観るのとでだいぶ印象が違ったりするけれど、今回はサントラのテンポそのままの勢いで突き進んでいったような印象だった。唯一ヨークタウンでの勝利をハミルトンとラ・ファイエットが報告するシーン(つまり、アメリカが独立を勝ち取ったシーン)では観客からすごい歓声で少しの間芝居が止まった。外国人としては「そこなんだw」と新鮮な驚きがあった。

 印象的なシーン。まず、ワシントンの登場シーンがかっこよすぎた。ワシントンとハミルトンのライバルであるアーロン・バーはアフリカ系の俳優が演じるんだけど、ふたりとも信じられないぐらい手足が長くて、めちゃくちゃカッコイイ。そして、なんと言っても議会のシーン。議会での激しい議論が、MCバトルという形で演出される。舞台セットもシンプルでそれほど時代劇な印象がないので、ストーリー以外はほとんど衣装だけが演出上の時代劇要素になっているんだけど、軍服姿のふたりがワイヤレスマイクを握ってラップの応酬をするシーンは、一歩間違えばコメディになるんじゃないかという奇抜な演出だけど、もう超絶カッコイイ。これ日本でもぜひマネして欲しい。

 役者の動きが加われば、歌詞の意味が明確になって、予習していっても、というか予習したからこそ気づきがあって、予想通り歌詞をその場で聞き取るのは絶望的だったけど、言葉の迫力は十分に感じることが出来た。ミュージカル観ると毎回思うのは、「この音」が全部あの舞台上で作られているのが信じられないということなんだけど、今回はさらに、あのめちゃくちゃハイテンポなラップをよどみなく何十、何百のステージにわたって繰り返すのはもはや超絶技巧とも思える。

 ストーリーと演出については、キャストの多様性が話題になった作品だけれども、ちょっと見方をずらすと非常にマッチョなミュージカルである。ストーリーも戦争と政争に明け暮れ、セックススキャンダルにまみれた主人公の話だし、ヒロインのスカイラー姉妹は完全に脇役。何でも批判しようと思えば、というところではあるけれど、こういう批判はそれなりにあるんだろうか。

 この作品に限らず、今回の旅でWTCやアーリントン墓地を訪れた時も感じたことなんだけど、アメリカは愛国心には無批判だと言う実感があった。そしてそれは、郷土愛のような素朴なものとは性質が違って、アメリカが戦争を繰り返してきたことで、過去の戦争やそれによって死んだ人々を肯定しなくてはいけないという、政治的というには残酷だけれども、はっきりと政治的な意図によって構築されたものである。アメリカ独立戦争から、南北戦争、二度の大戦、ベトナム、湾岸、イラク、アフガン、その都度、多くの国民が死に、それを礎にアメリカは発展してきた(という事実、あるいは神話)。自国の政策によって多くの国民が死んだという事実は、国家の維持のために正当化されなくてはならない。ベトナム戦争イラク戦争が間違った政策だとして批判されたとしても、すでに行われた戦死はアメリカの為の戦死だということは共有されている。当然と言えば当然だが、アメリカの愛国心はそうやって戦争を繰り返すごとに各世代に受け継がれていく。政治も経済も、国家を構成する人々も、めまぐるしく変化してきたアメリカでは、「アメリカを愛すること」がアメリカをひとつの国家として維持してきた。

 アメリカは多様性を育む文化を維持し続けながら、自国を愛することが国家を維持してきた。この点は、外国から見てアメリカが魅力的に(あるいは敵意の対象として)映るとすれば重要な要素だろう。しかしこれは鶏と卵の問題、つまり「戦争が先か、愛国心が先か」という問題を抱えることになる。そしてこれは、一度戦争による自国民の犠牲者が出れば、もはやその宿痾を患うことから逃れることは不可能に思える。戦争が起これば、愛国心を批判できなくなる。愛国心はその政治性を戦争とその犠牲によってタブーにされてしまう。日本人はこのアメリカの状況をとても客観的に見られるのではないだろうか。そして、これからもそうあるべきではないか。そんなことを考えた。

 『Hamilton』は建国の父達を現代にタイムスリップさせ歌わせる。当時ハミルトンやワシントン達が作り上げた国を、今は「我々」が作り上げているという自負を歌う作品だ。自国の「今」を愛し、尊敬し、誇りに思っていないとこの作品は生まれないだろう。劇場は、ブロードウェイは、それを何百ドルも払って確認する場なのだ。ブロードウェイ・ミュージカルは間違いなく世界に比類ない文化で、『Hamilton』はそれを余すところなく伝える素晴らしい作品だと思う。だからこそ、今回の旅の締めくくりとして、旅の過程で感じた整理できない想いを反復し、怒濤のラップバトルの中に今のアメリカを見ることが出来た。

 

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2.『Waitress』2/23 19:30〜@Brooks Atkinson Theatre

 翌日もミュージカルを見ることは決めていたのだけれど、演目は決めていなかった。ハミルトンを見てやりきった感が出たのもあって、疲労がピークにきていて、この日はブルックリンのでっかい美術館に行く予定にしていたのだけど、それをキャンセルして、でっかいカメラも部屋に置いて近場でぶらぶらすることにした。というわけで、朝寝坊をしていろいろ買い物したりしながら、グランドセントラル駅のオイスターバーで早速ビール。ハミルトン観るまでは生牡蠣をがまんしていた。

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 そのあと、まずはWickedの当日券の抽選にチャレンジするもはずれる。それからタイムズスクエアtktsという当日券売り場にいって、ボードで演目を選ぶ。ボランティアの人が演目についていろいろ教えてくれたりして、観光客に優しいニューヨーク。オペラ座の怪人とか、キンキーブーツとか知ってるやつもちらほらあったんだけど、どうせなら知らないやつを観ようと思って選んだのが『Waitress』。予備知識ゼロなので、その場でちょっとググって、タイトルとか看板のやさしそうな主演女優の微笑みとかから、そんなに難しい話じゃないだろう、というので選択したw。チケット代はハミルトンの7分の1、一階席前方の超いい席。昨日は2階席でもそんなに悪い席じゃないと思ったけど、やっぱり舞台の近さが違う。

 内容は予想通り、昨日とはうって変わってとてもオーソドックスないかにもブロードウェイ的な、明るく、わかりやすい話で、言葉が多少聞き取れなくても全然わかりやすくて、ちゃんとみんなが笑ってるところで笑えたりしてうれしかったな。田舎町のファミレスで働くウェイトレスが、夫のDVに耐えながら一生懸命パイを焼いて、なけなしの貯金をして離婚しようとしていた矢先に妊娠が発覚して、産婦人科医と不倫して、最後は歌ってハッピーエンド。

 まあ、まったく屈託なく明るい話かというとそうでもないんだけど、基調が軽いので、サクッと食べられる感じでした。田舎の閉塞感がテーマになってて、抜け出したいけど、私パイを焼くことしか出来ない、みたいな、でも彼女のパイは絶品、みたいな。地方と都市の分断は日米共通の課題。アメリカの方がスケールがでかいから壁も厚いのかもしれない。田舎の女性ががんばって自分の人生を手に入れるまでの物語で、観客も共感しやすいと思うけど、それをニューヨークのど真ん中でミュージカルで見てるっていうのは欺瞞な感じがしなくもないw。とはいえ、我ながら良い選択だったと思う。

 観たあと劇場を出ると、何やら向かいの劇場前に人だかりが。いわゆる出待ちというやつで、誰が出て来るかとしばらく待っていると、ケイト・ブランシェットが出てきた。東京には芸能人が、的なノリで、NYにはセレブがいた。

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 昼間街を歩くついでに国連本部まで行った。これはたしかに良い建築。

アメリカ旅行5〜ミュージアム〜

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 ニューヨークに戻ると旅も中盤。ここからは怒濤の美術館・博物館めぐり。WTCとアーリントン墓地でかなりショックを受けて、コミュニケーションの問題もあって、珍しく旅先で落ち込んでいた。ここからは回復の旅。

 今回訪れた博物館・美術館をまとめると。

  1. エリス島移民博物館
  2. 9/11 Tribute Center
  3. National September 11 Memorial & Museum
  4. グッゲンハイム美術館
  5. ニューヨーク市立博物館
  6. ナショナル・ギャラリー(ワシントン)
  7. スミソニアン航空宇宙博物館(ワシントン)
  8. メトロポリタン美術館
  9. MET Breuer
  10. ホイットニー美術館
  11. ICP (International Center of Photography)
  12. MoMA
  13. Getty Museum (LA)

なかなかなものでしょう。

 総じての印象は、とにかくアメリカ人は印象派が大好き!アメリカが力を持った時期と印象派の時期が重なるんだろうけど、ともかくどこに行ってもものすごい物量で、ルーブルやオルセーよりはるかにたくさんのそしてかなり選りすぐりの、セザンヌやマネやモネやドガやルノワールゴーギャンゴッホとかこんなに絵を描いてたのかってレベル。ルーブルルネッサンス絵画の物量を思い出す。1枚でも日本に来れば大騒ぎになるような絵が、もうありがたみがなくなるぐらい並んでいる。

 この印象派愛好ぶりはアメリカ人の芸術観に影響を与えない訳がない。ヨーロッパでは摩擦を生んだこの芸術運動は、アメリカでは素直に受け入れられ、まさに流れ込んできたのだろう。ここで思い浮かべるのは日本の中高年のおばさん達である。彼女達が印象派が大好きなのは、日本でもっともアメリカ的なものを何の抵抗もなく受け入れたのが彼女達だったからではないか、というようなことを考えながら、足が棒になりながら巨大な美術館をめぐっていた。

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 グッゲンハイム美術館は有名な画家の有名な作品がたくさんあるのはもちろんのこと、本当に「キマっている」作品しか展示されていなくて、さすがだなと思った。キャプションも適度に教育的で勉強になった。フランク・ロイド・ライトの建築も明らかに特異な構造なのに、自然さを感じさせる、「キマって」いた。特別展は中国の現代美術。巨大な刷毛をロボットで動かしてガラス張りの小部屋をペンキ(墨?)まみれにする作品は日本に帰ってからネットで話題になっているのを見た。

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 ニューヨーク市立博物館はニューヨークの街をテーマにした小規模の企画展をいくつもやっている。『Gay Gotham』展はニューヨークで活躍したゲイアーティストにフォーカス。メイプルソープの写真があった。ニューヨークのゲイタウンの発展の年表に沿って、年代ごとに。他の展示では、ニューヨークの都市開発の最近の状況をまとめた展示は、空中権とか容積率のやりくりでめちゃくちゃ細いビルが建ってる、とか。街に出るとそれが実際に見られるから面白い。その他、常設っぽいニューヨークの街の歴史的なもの、など。映像メインの展示もあったけど、時間がなくて見らんなかったな。

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 ワシントンではまずナショナルギャラリー。ここの目玉はダヴィンチの『ジネヴラ・デ・ベンチの肖像』。裏側にも絵があって、両方とも見られるようになっている。目玉なはずなんだけど、あんまり観ている人がいなくて、近くでゆっくり見られる。くっきりと、目に直接焼き付いてくるような質感は、ダヴィンチの作品の特徴がよく表れている。じっくり顔を寄せてみられる感じ。モナリザの展示のひどさからすれば、こんなに近くで見られるなんて信じられないくらい。ダヴィンチよりもやっぱり印象派の部屋が混んでいて、ここにもすごいコレクションの量。他には、ロムルスとレムスが狼の乳を飲んでる教科書に載ってるやつがあって「おっ」と思ったけど、結構いろんなところにコピーがあるらしい。ランチにスケートリンクがある隣の公園のカフェでランチを食べた。この公園も美術館の一部で、彫刻がたくさん展示されている。六本木ヒルズにあるクモの小さめのやつとか。

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 次はスミソニアン航空宇宙博物館。ここは完全にテーマパークで、3Dシアターとか、宇宙船の中には入れたりとか、月の石を触れたりとか。残念だったのは、スペースシャトルとかエノラゲイとか見たかったものが別の場所にある別館に展示されているそうで、見られなかったこと。それでも月面着陸船(月には行ってない機体だけど)とか、戦闘機がたくさんあったり、無人攻撃機とかもあったり。ソ連のミサイルとかも展示してあった。子どもがたくさんいた。

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 ニューヨークに戻って旅の後半は美術館めぐりをひたすら。まずはメトロポリタン美術館(MET)。この頃になると、ほんとに足が痛くって辛かったけど、それでもすごく楽しみにしてたので、膝にムチを打って世界屈指のメガミュージアムへ。やっぱり気になる古代ギリシャローマだけど、ここはやっぱり大英・ルーブルにはかなうべくもなく、正直たいしたことない。それでもちゃんと壺の部屋があって、ローマ時代のガラスはきれいなのがたくさんあった。ギリシャ時代のライオンが迫力があった。エジプト関連も物量はあるし、展示の仕方も面白い(お墓の中に入っていけたりする)んだけど、目玉に乏しい感じはある。作品がいつも小さいので、うっかり見逃しがちなフェルメールも発見(『水差しを持つ女』)。これでいくつ見たかな。ターナーも充実。そう、アメリカ人ターナーとか好きそうだと思ってたけどな。印象的だったのがドミニク・アングルのモノクロの肖像画。不思議と写実的な質感があって、写真の発明と前後して描かれていて興味深い。

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 そのあと、歩いてMET Breuer という別館に。ここは以前までホイットニー美術館だったところで、ホイットニーが移転したので、METが引き取ったという。マルセル・ブロイヤーというバウハウスの建築家の設計で、外観は目を引く感じだけど、中に入ると機能的な感じの建物。展示替えのタイミングで半分ぐらいのフロアしか見らんなかったんだけど、この建築家についての写真展と、もうひとつ別の写真展を見た。

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 翌日。MET Breuer の元の住民ホイットニー美術館は、マンハッタンの南西の海沿いに。レンゾ・ピアノ脱構築的建築。開放的なロビーでチケット売り場のお兄ちゃんもTシャツにジーンズでファンキーな感じ。ここでは、MPAというアートユニットのインスタレーション的な展示とか。火星に電話する、みたいな。もうアメリカ人は火星に逃げるしかないのか。あとはアメリカ人作家のポートレート作品を集めた展示とか。窓の外からマンハッタンを一望、天気があんまりよくなかったけど。

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 天気も回復してきて、そのあとはICPという規模の小さめな写真美術館に。ここではかなりはっきりとしたトランプ政権批判の展示。というか、企画展の名前”Perpetual Revolution”って「永続革命」だよね。おぉ、って感じですよ。社会問題のテーマ別に写真と映像が並ぶ。差別とか、環境問題とか、テロとかと並んで大統領選での社会現象が取り上げられていて、トランプ批判の有様を展示すると言うよりは、かなり直接的にトランプ批判を主張している印象。

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 そのあと中華街まで歩いて、地球の歩き方に載ってた店でマーラー麺的なラーメンを食べた、美味しかった。中華街に入った途端町並みがガラッと変わることはさることながら、アジア系のというか中国系の人しか街にいなくなって、横浜の中華街では味わえないチャイナタウンの凝集力を感じる。それからもうひとつ行こうと思ってたファッションの美術館は休館日で残念ながら断念した。

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 そして、ニューヨークで最後に訪れたのが、ニューヨーク近代美術館MoMA)。商業的にかなりプロモートされていることもあって日本でも一番有名なアメリカのミュージアムなんじゃないか。館内音声ガイド(iPhone)も日本語完備。場所も一等地にあって、めちゃくちゃ混んでる。行った時間も午後遅くでよくなかったのか、クロークに荷物を預けるのに大行列だった。工業デザインのメッカみたいな印象があったのだけど、たしかにイームズのイスとかジャガーEタイプとかも展示されてるんだけど、主体は絵画で、しかもわりと近代をしっかり見せる感じ。ご多分に漏れず印象派もたくさんあったのは意外だった。

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 というわけで、まずはウォーホルのキャンベルスープの前で記念撮影w。ダリの『記憶の固執』は初めて見た気がしない(亜美真美がこの絵の中に入っていた)。そのほかいろいろ、見たことある作品がこの旅で一番あったと思う。企画展示がロシアアヴァンギャルドで、これもよかった。一面マレーヴィチの壁があったり、映像作品は一部屋でいくつも見られて、時間のないツーリストにはありがたかった。最後にお土産売り場で買ったのは、見慣れたモンドリアン後期の四角が細かくなったやつ。タイトルが『ブロードウェイ・ブギウギ』だというのを初めて知った。前期の無機質さから、動的な明るさが見られるようになるという。アメリカに苦労して亡命してきた年老いモンドリアンにとっても、ニューヨークシティは音楽があふれる街であり続けたという、なんともアイラブニューヨークな音声解説が印象的。部屋に貼りました。

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 大英博物館ルーブル美術館、メトロポリタンと制覇したので、あとはエルミタージュとバチカンだと思っている。ラストはいよいよメインイベントに。